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東京高等裁判所 昭和45年(ラ)542号 決定

抗告人 石原務

相手方 野島みさゑ 外五名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、さらに相当な裁判を求める。」というにあり、その理由は別紙抗告の理由記載のとおりである。よつて以下順次判断する。

一、抗告理由第一点について。

原審における相手方野島みさゑ、同野島芳江の各審問の結果および甲第五号証の一ないし四によれば、相手方らにおいて改築を望んでいる建物は、昭和二三年中に粗末な資材を用いて建築された木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建床面積一九・八三平方米の居宅で、その後増改築されないまま今日に至つており、現在雨漏りを防ぐため屋根にシートをかぶせ、また柱の根元の方に若干腐つているものが見受けられるが、居住に堪えないほどには傷んでおらず、相手方らにおいて現に住居として使用中であることが認められるから未だ朽廃には至つていないものと認めるのを相当とする。とすれば相手方らの借地権はなお存続しているものというべく、所論は理由がない。

二、同第二点について。

借地法第八条の二第二項にいう「増改築」中「改築」とは、補修その他の一部改築の場合のみならず、旧建物を取り毀して新たに建て直す全面的改築の場合をも含むものと解すべきであり、同法条はかかる増改築につきそれが土地の通常の利用上相当と認められる限り、当事者間に協議が調わないとき、裁判所に対し借地権者の申立により土地所有者または賃貸人の承諾に代わる許可を与える権限を認めたものであるから、「建て直し」が新築の概念に含まれるからといつて、右許可が違法となるものではなく、論旨は理由がない。

三、同第三点について。

原決定が、その理由第五項において、「本件借地権の存続を八年後の法定更新の成否に委せる本件としては」と述べているのは、「裁判所が借地権の存続期間についてなんらの附随処分をしない本件としては」の意であることは明らかである。借地権の存続期間についてなんらの附随処分をしない場合の増改築承諾料が、ある期間(例えば一〇年間)存続期間を延長する附随処分をした場合の増改築承諾料に比し、低額であることは当然であつて、たとい法定更新拒絶(異議)の正当事由につきあらかじめ予測さるべきものがない事案においても、期間延長の附随処分がなされない限り、その理を異にしない。したがつて原決定には所論のような矛盾はなく、論旨は理由がない。

四、同第四点について。

原決定は、増改築の予定内容の記載がやや不完全ではあるが、原決定添付目録「三増改築の予定内容」として「別添図面表示のとおり」とあるのは「木造平家建居宅一棟、その平面図は別添図面のとおり」の趣旨であると認められる。そうとすれば本件においては、増改築の予定内容の規制としては、以上をもつて十分であるというべきである。

その他記録を精査するも、原決定を取消すべき違法の点は認められない。

よつて本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 古山宏 川添万夫 秋元隆男)

(別紙)

抗告の理由

第一点本件建物は朽廃している。

一、原決定は本件建物について、柱の一部が根元が若干腐朽し、屋根は雨漏りがして、シートを覆せて防ぐ有様になつていて、建物全体として早急に大修繕を要する状態であるが、借地権存続を無意味ならしめるべき朽廃には至つていないと認定している。

二、朽廃かどうかと云うことは心証の問題とは思いますが、一般には修繕費が新築と同様にかゝると認められる場合には、朽廃したと認められて居るのである。

三、本件の場合、相手方提出の写真によつても明らかな如く、堀立小屋の崩れかゝつたものである。

申立書によつても朽廃したから増改築を許可して欲しいと云うのである。朽廃を自ら認めておるのである。これは言葉尻りを捕えたものであるとしても、相手方の申立によると、三・三平方米当り八万円、合計五六万円の費用をかけるのであるから、写真の如き本件建物は既に朽廃の域に達していると認めねばならない。

四、然るに、原審が之れを敢えて未だ朽廃にいたつておらないと認定したのは、判断の基礎に誤りがあるので、その誤りは決定の結果に影響することは明らかであるから、原決定は取消されねばならない。

第二点本件は増改築でなく新築である。

一、原決定は、現存建物は一応取毀わすこととなるが、建築費は三・三平方米当り八万円、合計五六万円の予定で、多額とはいえず、平家建のまゝで、床面積は一九・八三平方米から二四・七九平方米(七坪五合)に増築になるとはいえ、台所が僅かに広くなる程度で、部屋数は三畳一間と六畳一間で現状と変らず、内壁もベニヤ張りであり、全体として増改築の観念は出ないとして、増改築と認定している。

二、然し乍ら右認定によるも、全部一旦建物を取崩すことは認めており、その跡へ坪当り八万円の建物を作るのであるが、取崩した建物の古材使用の不可能なことは写真にて明らかであるから、別の材料を全部使用して建てることは明らかである。たとえ材料が新材ならば勿論、古材(別の)を使用するのであつても新築である。

右原認定自体よりみても、新築なることは明らかなのに(間取り、大きさは問題でない)、之を敢えて増改築としたのは違法であり、納得出来ない。

又、申立書自体からみても、新築なることは明らかである。

抗告人は附近に何軒かの貸地を所有し、地上建物があるけれども、原審がスラム化すると表現したような建物が多く、今后此種の増改築が許可さるゝとすれば、抗告人は不測の損害を被ることになるので、抗告する次第なのです。

第三点原決定には理由に前後矛盾撞着がある。

一、原決定は第四項に於て、たとえ建物がバラツクであつても、建物所有者が建物存続の努力をする限り、借地法所定の三〇年は尊重されるべきであり、本件残存期間がなお八年を余すことは尊重せらるべきであり、まして本件に於ては、八年後における法定更新拒絶の正当事由の予測されるべきものはないと断定している。

二、然るに同決定第五項に於て、抗告人は相手方等が借地権者として有する権利を実質抛棄した、新規契約を締結する場合であるかの如く、新借地権価額一〇〇パーセントに相当する金額を支払はしむべきことを意見として、申述べたことに対し、

本件借地権の存続を八年後の法定更新の成否に委せる本件としては失当である。

として抗告人の見解を排除した。

三、原決定は右に引用せる如く、第四項に於ては法定更新拒絶の理由は見出せないと断じ乍ら、抗告人の意見を排除する第五項に於て、法定更新の成否にかゝるとしておるのは、その理由判断には前后矛盾撞着があると云はねばならない。

四、右の理由齟齬は決定の結果に影響して居ることは明らかであるので、矛盾した理由に基く原決定は取消されなければならない。

第四点原決定は増改築の内容を規制しない違法がある。

一、原決定はその主文に於て、申立人らが別紙目録記載の現存建物につき、同目録記載の増改築をすることを許可するとして増改築の内容については、別紙に於て間取りを示した図面を添附した丈けにて、その内容を規制するところがない。

二、唯、その理由中に於て増改築予定内容として建築費として三・三平方米当り八万円としておるけれども、唯単にこれ丈けの記載丈けにては、如何なる建物を新築されるのか不明であり、相手方としては、間取り丈けにて、内容に規制がないのであるから好むところの建物の新築ができ、地主としては一方的の代諾を押し付けられ乍ら、如何なる建物を建てられるのか不安でたまらない。衡平を失することになる。

三、依つて代諾を得て建築し得る借地人に対しては、増改築のなし得る内容を更に詳細に規制するのでなければ、借地人は自由な建築ができ利益であるのに、地主は不利である。

然るに原決定はこのことに配慮が足りない。衡平の理念に反する原決定は不当であり、取消されなければならない。

以上

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